日本国憲法の功績 南極条約・宇宙条約その他

憲法9条を創った男、幣原喜重郎のことを初めて知ったのは、5年前の原発事故後の環境活動家の田中優さんからのメールだった。それまでは名前も知らなかった。戦後の総理大臣は吉田茂から始まったとばかり思いこんでいた。戦前戦後を生き抜いてきた先輩たちに聞いても、知っている方は希だった。

その田中優さんから8月14日に届いたメールには、幣原総理のことと併せて、どこの国の所有領土にもしないという「南極条約」が締結できた裏には、日本国憲法が大きな役割を果たした。さらにその「南極条約」が基本となって、「宇宙条約」が出来上がった事が記してあり、幣原総理が100年後を見据えて9条を考え付き、憲法に入れた功績の結果と言ってもよいであろう。

以下

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第542号:「疑心暗鬼から信頼へ~『自発的戦争放棄国』の力~」

□◆ 田中 優 より ◇■

 「疑心暗鬼から信頼へ ~『自発的戦争放棄国』の力~」

今年も終戦記念日がやってくる。その日だけは特別に許されたかのように人々は平和を祈り、語る。しかしその日以外は「押し付け憲法の改正」や「戦争できる国への脱皮」、「緊急事態条項による超法規的措置」などがひしめいている。

確かに世界には信頼に足る国はなく、それどころか危険な兆候を持つ国も多い。しかしだからといって、武力で平和が作れるのだろうか。もし武力が平和を作るなら、アメリカの関わった国は平和になっているはずだ。しかし実際にはどの国でも武力で押し付けた正義が、別な正義の武力によって覆され、紛争を続けてい

る。

  この終戦記念日をきっかけにして、日本の平和憲法の背景と実際の力について見てみることにしよう。

 ■平和憲法の父、幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)

 平和憲法によって丸腰になった日本は、武力で相手に強制するのではなく、相手を信じて話し合うことでしか存在できなくなった。それを「押し付け憲法」と呼びたがる人たちは、アメリカに押し付けられた憲法だという。 それに反対するなら現に押し付けられている沖縄の基地や、アメリカ企業優先の制度改悪に反対しないのだろうか。

 ところが歴史を調べてみると、戦後のGHQのマッカーサー司令官に対して、平和憲法を提案した人物がいるのだ。それは故幣原喜重郎元首相、しかし幣原氏はそのことを自分の手柄ではなく、誰も知らない話にしてしまおうとしていた。

 幣原氏から聞き取った記録が残されているので、マッカーサー司令官に話した内容から引用しよう。 

 「…原子爆弾はやがて他国にも波及するだろう。次の戦争は想像に絶する。世界は亡びるかも知れない。世界が亡びればアメリカも亡びる。問題は今やアメリカでもロシアでも日本でもない。問題は世界である。いかにして世界の運命を切り拓くかである。日本がアメリカと全く同じものになったら誰が世界の運命を

切り拓くかである。日本がアメリカと全く同じものになったらだれが世界の運命を切り拓くか。

  好むと好まざるにかかわらず、世界は一つの世界に向って進む外はない。来るべき戦争の終着駅は破滅的悲劇でしかないからである。その悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、ほとんど不可能とも言うべき軍縮を可能にする突破口は、『自発的戦争放棄国』の出現を期待する以外にないであろう。

 同時にそのような戦争放棄国の出現もまた空想に近いが、幸か不幸か、日本は今その役割を果たしうる位置にある。歴史の偶然は日本に世界史的任務を受けもつ機会を与えたのである。貴下さえ賛成するなら、現段階における日本の戦争放棄は対外的にも対内的にも承認される可能性がある。歴史の偶然を今こそ利用する秋である。そして日本をして自主的に行動させることが世界を救い、したがってアメリカをも救う唯一つの道ではないか」と。

  この提案に対してマッカーサーは目に涙すら浮かべながら、賛同したそうだ。

 ■日本国憲法の価値

 ぼくは南極に行ったことがある。そこは「神の領域」だった。南米大陸の南限から36時間、荒れ狂う海を船で渡って行く。大きな船が木の葉のように揺れ続ける。外洋に出ると誰も食事に来なくなる。南極を案内するパイロットは、「南極は一日で一年の天気がある」と説明した。言葉通り、晴れていたと思えば突然に大粒の雹が降り、視界が妨げられた中に大きな氷山が現れる。タイタニック号ではないが、海難事故が多いのもうなづける。

 荒れ狂う海を越えると、突然に空が晴れ渡った。青い海の上に見える大陸は標4000メートルの大地となっていて、どこまでも白い。透き通った海の青の上に、大陸と島が白く浮かんでいる。クジラやアザラシ、ペンギンが珍しくもなくあちこちにいる。ここの生物たちは人間を恐れない。ペンギンの方が物珍し気にヒトを見に来るような場所だ。

しかしこの南極が「神の領域」のように残せたのには理由がある。それが「南極条約」だ。それは人の住めない南極を「誰の領有権もない人類の共有財産」とし、軍事利用を禁止し、科学的な調査活動のみ可能としたのだ。ところがその南極条約は、締結までが非常に難航した。旧ソ連とアメリカ陣営との東西対立が激化していく時期、関係する各国の疑心暗鬼によって座礁しかけていたのだ。

その締結に大きな役割を果たしたのが、日本国憲法と文部事務次官だった木田宏氏だったという。井上ひさし氏の講演録から引用しよう。

 「ところが、南極観測に参加していた7カ国が南極を自分の国の領土だと主張。また米ソが、それぞれ南極に軍事基地をつくるのではないかと疑い対立していた。そのとき、文部省の木田宏という広島出身の若い官僚が南極観測にかかわる仕事をしていた。彼は、学徒出陣から戻ったら原爆で家族が全滅していた。文部省に入り「あたらしい憲法のはなし」という有名なパンフレット、中学校の副読本を書いた人でもあるこの人が、南極の会議で各国の代表がもめているときに、

「日本は戦争放棄の新しい憲法を持ってスタートした。これを一晩読んで、明日もう一度話し合ってほしい」と大演説をして英訳した日本国憲法を配布した。

各国代表も度肝を抜かれて、話がまとまった。それが1959年の南極条約です。

 その後、1966年には宇宙条約ができる。大気圏外は人類共有のものであって、軍事利用や核使用は禁止するものだが、これは南極条約がモデルになっている。

68年には中南米の非核地域条約、海底条約、南太平洋の非核地帯化、東南アジア非核地帯条約へと続いている。…日本国憲法を読んだ人が感動して、南極条約をつくり、それをお手本にして次々に国際平和条約がつくられている」と。

 軍事侵略に危機感を抱くなら、核戦争などによる人類絶滅に危機感を抱いてはどうだろうか。地球温暖化もまた大きな被害を世界中で起こし始めた。そのときに「あの国は対策する気がない」と疑心暗鬼になって何も対策しなくなるよりも、信頼を取り戻していくことの方が重要なのではないか。

 日本国憲法の価値は、今さらに高まっていると思うのだ。

 DSCN1859( 川崎市職員労働組合様へ寄稿したものを、好意を得て転載しています。)

 

 

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